番外編 義兄と私 ―買い物―
皆さん、お久しぶり。以前はお世話になりました。
どうも聞いた話じゃ、うちの義兄殿が私のことを何やら
書き立ててるらしいって聞いたんだけど、ホンマかな。
ちゅうか、何でいきなりって話なんだけど。
ひょっとして前に私が色々書いたのがバレてる???
あの義兄なら有り得る、人の部屋に勝手に入るんが常套と化してるから。
まぁそんなことはどうでもいい。
久々なんだし、義兄が居ない隙にこないだ起こったことをちょっとお話したいと思う。
その日の放課後、私は学校の正門の前で待たされていた。
というの、義兄が今日の休み時間に私の携帯電話にメールを送ってきたからだ。
それも一言、『放課後、正門の前で待ってろ。』と。
毎度思うが、こいつのメールはパケット代ケチりすぎだと思う。金持ちほどけちだっていうけどさ。
いや、そもそも何の説明もなく待ってろ、とだけ送ってくるってーのは何事だ。こいつ、完全に私の事おちょくっとんな。
と、まぁそういった訳で私は校門の前で突っ立っていた。しかし、
「んのヤロ、おっそいなー。」
私はこっそり毒づいた。毒づきたくもなる、私が校門の前で待ち始めてから既に10分以上経過しているのだ。
校門からとめどなく流れる生徒の中を何度も確認しているのだが、
義兄の色の薄い髪の毛も泣きぼくろも見当たらない。
更に待つこと5分。
「帰ったろかな。」
さすがにうんざりしてきた。義兄は毎度毎度こうだ。義兄の持つ肩書きの都合上、色々遅くなるのはしょうがないってぇのは承知してるつもりだが、
向こうの普段が普段なのでどうにも寛大になりかねる時が多々ある。
何せ、今までに何度か何か用事があると聞いてきてみれば、そんなこと言ったかという態度を取られたりやたら人を待たせて御免の一言もなかったことがあるもんで。
今日も同じパターンのような気がするなぁ。
しばし考えて私は結論した。よし、帰っちゃろ。
私は校門から離れてさっさと歩き出した。すると、背後から影が差す。あ、何か悪い予感と悪寒が。
「残念だったなぁ、。」
上から降ってきた声に私は答える気力がなかった。
「生憎、やすやすと逃がす気はないぜ。」
お前な、まるっきり三流悪役の台詞やで、それ。と言ったところで自覚してくれる相手じゃないので代わりに私は別のことを言う。
「樺地も一緒におるねんな。」
「何だ、2人っきりがいいのか。だったらそうと、」
「阿呆かっ。」
勝手に人の話を補完するんやないっ。
「樺地がおるんやったら、私は必要なさそうなもんやけど、と思て。」
ここで私は、なぁ、樺地、とむやみにでかい同級生に話を振ってみるが当の樺地はボソッと、そうは思わないとコメントした。
にべもなく言うな、こら。
「サイアクや。」
「何か言ったか。」
耳元でアーン?と気色の悪い声が響いた気がするが気のせいやと思うことにしよう。
ああ、そういえば、
「これ、クラスの子ぉからやけど。」
鞄から本日も配達を頼まれてしまった乙女全開な封筒を私は義兄に渡す。
義兄はいつものように当たり前のような顔をして受け取ると一言。
「面倒くせぇな。」
お前、えー加減にせーっ。
「そない言うんやったら、ラブレター、プレゼントの類はいらんって公言しとけや。
毎度毎度返事を代筆させられる私の身にもなってほしいわ。」
「しとけやとか言うんじゃねぇ、柄の悪ぃ。」
くそぅ、最近関西弁で喋ったことにも義兄から言葉遣いの突込みが入る。
テニス部にあの忍足さんがいるせいか、うちの義兄殿も多少は関西弁でもどれが柄のよい言い回しか否かの判断がつくようになったようだ。
めんどいことになってもたな。そもそも、口の悪い点では義兄も大概だ。
例によって自分のことは棚にあげよってからに、こいつは。
「とりあえず、自分で何とかしてもらわんと、私もうお断りやで。」
「反抗精神、大いに結構だ。つまりはてめぇの部屋のクローゼットに入ってるブツ、メイド達にばらしてもいいってこったな。」
な、な、何やて。
「こ、この、ヒキョーもんっ。」
「修行不足だ、バーカ。」
だーっ、いっぺんこいつ蜂の巣にしてええか。ええよなっ。
とりあえず、これ以上校門の前でしょうもないやりとりをしてる場合ではないので私は先に立って歩き出す。義兄は樺地と一緒にすぐ横に並ぶ。
落ち着かないので後ろにさがろうとしたら義兄は肩を引っつかんでそれをさせまいとする。指が肩に食い込んで痛いのだが。
「で、にーさん、今日は一体何の御用でっか。」
「上方落語か、古い喋り方すんな。」
忍足さんはうちの義兄に何を教えたんや。それとも自分で調べたんか。
「今日は買い物だ。」
なおのこと私はいらんよーな気がするのだが。言っちゃ悪いけど、荷物持ちなら樺地がいるし。
でも言ったらまた怒るんやろな、こいつのことだから。
という訳で、私と義兄(と樺地)に連れられてとあるスポーツ用品店にやってきた。店に入るとそこには既に他校のテニス部とおぼしき連中が買い物をしている。
面白いことに、義兄の姿を視認した瞬間に彼らから驚愕、畏怖、または警戒の感情が流れてきた。
まぁこの辺はさすが全国に名高い義兄殿である。私にはまったくもって関係ないが。
その義兄は周囲の反応に構わず、涼しい顔で品定めを始める。樺地は例によってその後に従い、私はやることがないので他のところをウロチョロする。
何だかよく知らないものをしげしげと眺めていたら、いきなり声をかけられた。
他校のテニス部らしき人たちだ。
「ねぇ、君、跡部君の知り合い。」
「え、いや、あの、」
ここで、妹ですって普通に答えてもいいもんなのだろうか。
「ま、まぁそんなとこで。」
「ひょっとして彼女とか。」
やめろーっ、それよう言われるけどじょーだんやないっ。殺す気かーっ。
「いえ、ちゃいます。」
「え、え、じゃあ何。氷帝のマネージャーとか。」
「それもちゃいますけど。」
どうにかならんのか、この詮索好きな連中は。
と、思ってたら1人が言う。
「やっぱり彼女じゃん。」
だーかーらー、
「ちゃうってば。」
「彼女はないんじゃね。跡部の好みのタイプに見えねぇし。」
悪かったな、どうせ私は見た目がいまひとつや。
「じゃ、結局何。」
もう、疲れた。どないかならんか、こいつら。と思ってたところに、
「おい、。何してる。」
義兄が気づいたのか、樺地と一緒にこっちにやってきた。
私に散々話しかけてきた連中は、跡部だ跡部だ、とボソボソ言い合う。
「うちの妹に何か用か。」
義兄の一言は爆弾だった。
ある程度は予め覚悟していたが、他校の皆様はギョッとした顔で私と義兄の顔を見比べる。
「い、妹。」
「嘘だろ、似てねー。」
そらそーや。
「てか、ブス。」
そんなホンマのこと言うなーっ。
さすがにカチンと来て何か言おうとしたら、先に行動に出たのはうちの義兄殿だった。
「何か言ったか。」
うわー、睨んでる睨んでる。さすがに怖い。勿論、他校の皆様も同じ見解だったのだろう、みるみるうちに顔色が青くなった。
「い、いや、なんでもないです。」
おお、これぞ三流悪役的台詞。なんて感心してる場合じゃない。
「次、人の妹にちょっかいかけてみろ。ただじゃすまさねぇぞ。」
義兄に凄まれて、他校の皆様は高速で去っていった。こんなことをしでかしちゃって、こっちが店側に営業妨害だの何だの言われないか、物凄く心配だ。
「何やったんやろ、あの人ら。」
「てめぇがボケっとしてるからあんな雑魚に絡まれんだろが、気をつけやがれ。」
「何なん、それ。」
いくらなんでも理不尽ちやうか。そう思うなら無理に私を連れまわさなけりゃいいのに。言ったら物凄く怒るから黙っておくが。
気を取り直して、義兄は買い物を続ける。私はまた他を見ようとするのだがさっきの1件で妙に警戒しているのか、義兄は私の手を、というか手首を握って側から離そうとしない。
何かにつけてこれをやられることが多いのだが、痛いからやめろ言うてるやろ。
だが人の不満を知らない義兄はそのまま買い物を続けるし、コソッと抵抗するとますます強く手首を握られるしなので私はあっさり諦めた。根性なし、と言うなかれ。
そうやって義兄が品定めをしてる間に店のドアが開いてまた誰かが入ってきた模様だ。私がふとそっちの方を見ると、何故か義兄もつられて同じ方を見る。で、義兄は何故か面白そうな顔をした。
「樺地、、ちょっと来い。」
「ウス。」
「え、何。」
人の話を聞かず、義兄はさっき入ってきた客の方へずんずんと進む。
義兄が足を止めたところにいたのは、白い半袖カッターシャツに黒ズボンの男子が2人、1人は義兄に迫る背丈のがっしりした奴でまるで剣山かハリネズミのごとく細かいツンツン頭の奴だった。ヤマアラシでもいいかもしれない。(毛足はヤマアラシの方がずっと長いけど。)
もう1人はそれよりずっと小柄で、
ひょっとしたら私より身長が低いかもしれないくらいだった。かなり生意気そうな雰囲気も持ち主で、出来れば個人的には関わりたくない手合いだ。
で、この巨人と小人みたいなちぐはぐなお2人さんは例によって義兄と顔見知りらしく、どーも、と挨拶してるのはいいんだけど、その空気たるや、ギスギスにも程がある。
しばらくこのちぐはぐコンビと義兄はちょっと火花を散らしたやりとりをしていて、樺地はともかく私は手首つかまれたままボケッと間抜けに立ったままでいた。
やがてちくはぐコンビの巨人の方が私に注目した。
「ところで、さっすが跡部さんスね。もー彼女がいるんスか。」
言われた瞬間に全身の毛が逆立った心持がした。だから彼女言うなーっ。って、手首握られとったら思われてもしゃあないんか、なんと言うことだ。
おまけに小人の方が更にいらないことを言う。
「桃先輩、何人目の彼女か、の間違いっスよ。」
こいつ、はたいてもええもんやろか。
「初対面で気色の悪いじょーだん、やめてくれへん。私、こんなんの彼女になってやった覚えはあらへんし。」
「じゃあ、アンタ、この人の何。」
小人は義兄を指差して言う。
「妹だ。」
答えたのは義兄だった。が、瞬間、巨人と小人はピシッと固まった。おまけに何だか信じられないものを見るみたいな目で私を見る。何や、その目はっ。
「ず、随分仲いいんスね。」
巨人の方が引きつった笑いをした。その目は義兄に握られっぱなしの私の手首に向けられている。
「ホントに兄妹なの。」
小人の方は比較的冷静だ。
「顔、全然似てないじゃん。」
ところがここで義兄はまた爆弾を投下した。
「まぁ、兄妹と言っても血の繋がりはないんでな。」
このド阿呆ーっ、それを今ここで言うかーっ。それも他校の生徒に。
言うまでもなく巨人と小人は動揺した。
さすがの小人の方も今度ばかりは引きつった顔をしている。
「へ、へぇ、まぁなんちゅうか、」
巨人が言った。
「俺達、お邪魔みたいっスね。」
「てゆーか、何かおかしくない。」
いらんこと言いは小人の方だ。更にこいつは私に直接こう言う。
「アンタも気の毒だね。」
「お前に言われとないわーっ。」
しまった、ついうっかり声高に突っ込みを。
「え、越前、行くぞ。」
「うぃっス。」
「ちょっと、あんたら。」
だがしかし、こっちが制止する間もなく巨人と小人は去っていってしまった。
やっぱり店に営業妨害で訴えられても文句言えなさそうだ。
「どないしてくれるんよ。」
一連の事態を面白そうに眺めていた義兄を私はキッと睨んだ。
「あれ、絶対に変な誤解しとうで。他校に変な噂流れたらどないするんよ。」
「言わせておけ。」
事の重大さをわかっとんのか、お前は。
「私嫌やで、行く先々で何か言われるん。」
「世間の誤解をこっちの事実にするのもいいかもな。」
もはや水爆発言と言っていい義兄のとんでもない言葉に私は脳内で自爆した。
こいつの思考、もはや中学じゃない。一体全体、
「何考えとんねんっ。」
「店で騒ぐな。」
誰かこいつ止めて、いや、ホンマ。
結局、義兄は悠々と買い物を済ませ、私は1人ぐったりと疲れたまま家に戻ることとなった。
とりあえず義兄の水爆発言はあくまでも冗談だと思いたいが、相手が何せ義兄なのでたまにまさか、と思ってしまう今日この頃だ。
ちなみに案の定、他校に妙な噂が流れてたようで、あの買い物の後日、例の巨人と小人が所属する青学の連中に1人ででくわした時によく知らん相手から散々に質問攻めにされた。
何でこないな目に遭わなアカンねん。
番外編 義兄と私 ―買い物― 終わり
作者の後書き(戯れ言とも言う)
本当にお久しぶりのヒロイン視点です。ちょっと一呼吸置こうと思いまして。
そして言うたらアカンことを言います。
やっぱりヒロイン視点の方が書きやすい。
2008/09/20
次の話を読む
義妹と俺様 目次へ戻る